博士の地下室





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お知らせ :: 2015/06/22(Mon)

このブログは更新しません。

こちら→https://note.mu/monika0502 「note」で写真やブログをupしていますので、

ご訪問お待ちしています。無料です。

(でもnoteはあんまりブログ向きじゃないなあ、とか思ったりして。)

胃がん手術後5ヶ月で抗がん剤をやめ(体重の急激な現象のため)その後順調に回復しています。
食べ過ぎなくらいごはん食べてます。 今は3ヶ月に一度の診察と検査。
ごはんが食べられるのは、ありがたいことです。

2015年4月に横浜市南区から引っ越し。公園と海のそばのボロアパートに来ました。
(父や母の思い出がありすぎる実家から離れたかった。)
鳥の声と木の葉のざわめきと子供の笑い声が、いつまでも聞いていて飽きない。
ここに引っ越してきて良かったな。お風呂とキッチンは狭すぎるけど。

夏になったら、毎日海へ行って寝転んで本を読むつもりです。


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21/April/2015 :: 2015/04/21(Tue)

てすてす
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開店休業 :: 2015/03/14(Sat)

ここは基本的に物置になりました。ブログはnoteに「monikaの毎日夢うつつ」で更新しています。写真とかもあるのでそっちを
見てね。
https://note.mu/monika0502
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母と父の死 :: 2014/12/07(Sun)

10月18日に母が死んだ。91歳。
自宅でだんだんに弱っていくところを見ていて、介護も少しだけした。今思い出すと3週間だけの介護。
そして入院。死ぬときは私と兄とで立ち会えた。オルゴールがゆるくなって止まるような死だった。
10月24日葬儀。12月2日に四十九日。
12月3日に父が死んだ。92歳。
両親二人を家庭で介護するのは不可能で、介護度の高い父を有料老人ホームにいれた。
そこで父は脳梗塞をおこし、病院へ入院。「リハビリテーション病棟」と呼ばれるそこは
意識もなく死を待つ人たちだけのスペース。そこで両手を拘束されて鼻から栄養をいれられ
数ヶ月後の死だった。最後に会ったとき父は私に「両手をはずしてくれ」と言った。

父は看護師さんたちも気づかないうちに死んだらしい。我が家に「様子がおかしいのですぐ来てほしい」と
電話があったときはもう死んでいたことになる。
こんな残酷な死を父にさせてしまっていまとても悲しい。
明日が葬儀。
父の死を私の心の中でどうしたらいいのか、少し時間が掛かりそうだ。
せめて父のことを好きだったなら、涙を流して終われただろう。
まったく愛せなかった、大嫌いな父親の死をどうすればいいのかわからない。


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生存確認 :: 2014/03/06(Thu)


 ここになにか書くほど、気力が出ない。
 毎日薬、食事、ゴロゴロ、そして薬、夕食は食べる元気がない。
 食べないといけないんだろうけど。

 煮込みうどんとか食べたいな~とか脳裏をよぎるが、煮込む時間を待つほどの
 気力が出ないわけで。
 でも食べないと元気でないし。悩ましい悪循環に陥っています。

 「毎日薬と食事のことしか考えられない!ムッキー!」とイライラしていたが、
 今後一年間は「療養生活」と決めて、薬と食事のことだけ考えていればいいような
 ライフスタイルにすることにした。
 なにもかも、ゆっくりでいい。今できないことはできなくていい。できることだけ
 やっていこうと。
 そう思えば楽なはず…なんだけどね。

 積読本を片付けるいい機会だと思って、のんびりさせてもらいます。

テーマ:日記 - ジャンル:日記

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